東京高等裁判所 昭和51年(ネ)617号 判決 1978年4月04日
控訴人
本田金平
同
高橋忠雄
右両名訴訟代理人
石丸九郎
被控訴人
有限会社ゴンドラ
右代表者
荻原要吉
右訴訟代理人
水野東太郎
同
三角信行
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一原判決理由一ないし三に示された原裁判所の判断については、当裁判所の判断もこれと同様であるから、これを引用する。
二当審における証拠調べの結果について述べる。
証人新戸龍雄の証言によれば、控訴人本田が被控訴会社の経営に当つていたころ、被控訴会社に金五〇万円を貸付けた訴外中王産業株式会社が昭和四五年一二月ごろ荻原要吉に交渉してその支払を求めたところ、荻原はその支払を拒絶し、結局当時荻原経営の酒店豊島屋の従業員として働いていた控訴人本田の給料を前払いするという形で金三万円を支払うにとどまつたとの事実を認めることができる。有限会社の社員権の全部譲渡がなされても、経営者の交替があるだけで、譲渡前に生じた会社債務は譲渡後も依然として会社債務であるから、もし中王産業の債権が真実被控訴会社の債務として存在するものとすれば、荻原の右措置は不当であり、荻原がかかる措置をとつたのは、真実社員権の譲渡があつたのではなく、控訴人らの主張するように、単に荻原が被控訴会社の売上金を管理し、その純益から自己の債権を優先的に取り立てる約定であつたにすぎないからであるとの推定もあながち成り立たないともいえないが、会社の譲受人が予測を超える会社債務の存在についてこれを争い、あるいは譲受前の経営者個人と債権者との間での解決を求めるということは、その客観的な当否はともかくとして、世上ありがちのことであるから、右の事実をもつてしては未だ社員権譲渡に関する原判決の認定を覆すに足りず、その他右証言中原判決認定事実に反する部分は、原判決挙示の証拠と対比して措信できない。
証人本田昌三は、控訴人本田と荻原要吉との本件社員権譲渡の交渉の過程で、荻原が被控訴会社によるバー「契り」の経営に介入し、毎月の収益をもつて被控訴会社の荻原に対する債務を順次返済していくとの解決案が検討された旨を証言しているが、同時に同証人は右の交渉に最後までは関与しなかつた旨をも証言しているから、右証言部分は社員権譲渡に関する原判決認定を左右するに足りないし、その他の証言部分は原判決認定と格別矛盾するものではない。
控訴人高橋及び同本田各本人尋問の結果を総合すれば、被控訴会社がバー「契り」を経営していた当時、控訴人高橋が「契り」店舗の賃貸人との各種折衝等被控訴会社のためにある程度の事務の処理をしたことが認められるが、同控訴人が被控訴会社の取締役であるかどうかは同控訴人が被控訴会社定款第一五条に定められた資格を有し、かつ、社員総会によつて有効に選任されたか否かによつて定まるものであるから、右の事実は同控訴人が被控訴会社の名目的な取締役に過ぎなかつたとの原判決認定を左右するものではない。また控訴人高橋本人尋問の結果中、控訴人高橋がバー「契り」店舗の賃借権及び什器備品を代金六〇〇万円で控訴人本田に譲渡し、右代金のうち三〇万円の支払を受けることなく、これを被控訴会社設立の際の三〇〇口の出資金払い込みにあてたとの部分及び控訴人本田本人尋問の結果中、控訴人高橋が右出資払い込み金三〇万円を現金で控訴人本田に交付したとの部分はいずれも措信できない。なんとなれば、右両供述によれば、バー「契り」はもともと控訴人高橋が個人営業していたものを、控訴人本田が「契り」店舗の賃借権及び什器備品等を含めて代金六〇〇万円で買い取り、自ら有限会社を設立して会社名でバー「契り」の経営を行おうとしたところ、右店舗の賃貸人側から、会社の人的構成につき、控訴人高橋を出資三〇〇口の社員とし、取締役とするのでなければ「契り」を会社経営とし、これが店舗の賃借人となることに賛同できないとの注文をつけられた事実が認められるところ、もし控訴人高橋が真実出資口数の過半数を有し、取締役の地位につくとすれば、同控訴人が被控訴会社の経営に対して大きな発言権を有することとなり、折角六〇〇万円を工面して同控訴人からバー「契り」の完全な経営権を得ようとした控訴人本田の意図は画餅に帰する訳であるにもかかわらず、控訴人高橋から同本田への「契り」店舗賃借権ならびに什器備品等の右金額による譲渡は変更されることもなくそのまま維持され、控訴人本田においてそのままこれを被控訴会社に譲渡した(右の事実は控訴人本田の供述によつて認められる。)ことを考えあわせると、むしろ店舗賃貸人に対する手前いちおう控訴人高橋を名目上社員及び取締役の地位につかせ、実際は控訴人本田が全額出資し、単独で取締役となることとするのが控訴人本田にとつてこのさい最も適宜な処置であつたはずであるから、実際にそのような措置をとつたものと推認せられ<中略>るものである。<証拠判断略>。
三控訴人高橋の訴の利益について附言する。前記のように控訴人高橋は被控訴会社の単なる形式上の社員及び取締役に過ぎないから、被控訴会社の社員総会の決議不存在の確認を求める訴の利益を有しないことは原判決の指摘するとおりである。もつとも、たとえ形式上の取締役であつても、その氏名が取締役として一たんは登記簿に記載されているから、社員総会決議(編注、取締役解任の決議)の不存在が判決をもつて確定されれば、これにより右登記簿上の地位を回復しうることとなるとして訴の利益があると主張されるかもしれない。しかし、実質を伴わない単なる登記上の取締役の名義回復の可能性があるというだけではかかる訴の利益を認めるに足りないのみならず、本件においては、<証拠>(被控訴会社登記簿謄本)によれば、控訴人高橋は登記簿上社員総会の決議と関係なく昭和四五年五月一九日辞任したとされているから、社員総会決議不存在が確定してもそれによつて当然に登記上取締役の地位を回復しうる訳ではなく、これを回復するためには、法律上は実際に取締役たる地位を有すること及び右辞任が無効であることを証明してこれを請求しなければならないものであるところ、控訴人高橋は実質上取締役たる地位を有するものでないこと前記のとおりであるから、このような可能性がないのみならず、そもそも右のような法律上の請求は本件社員総会決議の存否ないし効力の有無とは関係なくこれをすることができるものであるから、右の理由によつては控訴人高橋の訴の利益を肯定する由もない。
四原判決は、被控訴会社は成立のはじめから出資者が控訴人本田一名のみであると認定し、右事実を前提としてその結論を導いたのであるところ、社員の複数は有限会社成立及び存続の要件であるとされているから(有限会社法第六九条第一項第五号参照)、原判決認定の事実関係によれば、そもそも被控訴会社の設立自体が無効であり、被控訴会社の存在を前提とし、社員総会決議の存在を認定した原判決には理由そごがあるとの疑問が出されるかもしれないので、この点について一言附加しておく。
本件は、被控訴人が有限会社として適法に成立したことを前提とし、控訴人らがその社員ないしは取締役としての地位に基づいて社員総会の決議という会社内部の意思決定の存否を争う訴訟であるから、かかる訴訟においては、右会社の設立当時法律の定める設立の有効要件が具備されていたかどうかは本来問題となりえるものではなく、仮に事実としてかかる要件欠除の違法が存在していたことが認められたとしても、これによつて右の訴訟上当事者が有限会社として成立し、ないし存在していること自体を否定すべきものではない(そもそも、このような意味での設立の当然無効の主張が許されるかどうかも一個の問題であるが、ここではこれに触れる要をみない。)。それ故、右の訴訟において争いの対象である会社の内部的意思決定の存否ないしその効力を判断するにあたつて、当該会社の有効な成立を否定することとなるような事実を認定し、これに基づいて法を適用し、結論を導くことは、決して自己矛盾でも、また許されないことでもなく、むしろ事実がそうであるにもかかわらず、それが当該会社設立の無効につながることを理由として、これを無視し、ないしは否定して事を論じなければならないとすることこそ、かえつて不当であり、許されないことであるというべきである。それ故、上記疑問は全く根拠のないものであり、この点につき原判決にはなんらの違法はない。《以下、省略》
(中村治朗 石川義夫 高木積夫)